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第11回 ルネッ散歩

「石岡のルーツを訪ねて」

2012年 1月29日(日) 開催

歴史地名が豊富に眠る
茨城(ばらき)地区 周辺散歩(約5`,3時間)

貝地(かいじ)、茨城(ばらき)、田島地区へ

貝地、田島地区にまたがる、石岡城(外城・とじょう)跡を見学する参加者の皆さん。(右から6人目、ハンドマイクを手にするのが案内の長谷川功さん)

茨城廃寺跡を訪ねる参加者の皆さん。左が案内の長谷川功さん。左に広がる畑地に五重塔があった。

 今回は、石岡市の中でも「歴史の里」にふさわしい、数多くの歴史的な地名を残す地域の“ルネッ散歩”です。

 貝地、茨城(ばらき)、田島地区を歩きながら、寺域確認調査の進む茨城廃寺跡や、初期・常陸大掾氏の居城となった石岡城(外城・とじょう)跡と今も往時の面影をしのばせる、その堀跡、さらに、茨城台団地の真ん中に残る茨城古墳、そして、親鸞聖人ゆかりの経塚など、時代も、内容密度も濃密な中、堪能できた“旅”になりました。

 岩城内や健児(こんでい)所といった、徴兵による農民兵の駐屯地に結びつく地名(健児坂も)をはじめ、小目代(在京の国司に代わり派遣された役人、目代につながる地名)、田島(立馬の転化から古代の交通拠点「駅家」があったと推測される)など、現地を巡りながら、その地名を通しても、歴史的な興味や関心の尽きない散策でもありました。

 回を追うごとに参加いただく皆様の数が増え、今回は35人。石岡ならではの市民イベントとして、すっかり定着するとともに、関心を寄せていただく方々も増えています。関わるスタッフも、より充実したルネッ散歩として継続的に実施しようと気を引き締めています。
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 石岡市内の歴史遺産や旧跡、埋もれた魅力に光を当てる「いしおかルネッ散歩」――ほぼ3カ月に一度、週末休日の午前中、または午後の半日、5`前後を歩いて巡る、健康ウォーキングも兼ねた歴史散策です。ご案内(クリック)

 次回は予定を早めて2月19日(日曜)。「いしおか雛めぐり」に合わせて、“パワースポット”を巡ります。どなたでも参加できます。気軽に歩いてみませんか。

 市内に住む人々でも、毎回、意外な発見が待っています。分かっているようでも、実際に歩いてみると新鮮な驚きの連続。車社会の中で、車では目にすることのできない光景や、歩いてみて初めて触れることのできる光景に、毎回、遭遇します。お楽しみに。

参加申し込み、お問い合わせは、
まちかど情報センター
0299・27・5171)
ホームページはこちら(クリック)

茨城古墳の墳頂で長谷川さん(ハンドマイク)の案内を受ける皆さん。過去最多の参加となりました。ありがとうございました。

当日の様子を時間を追ってまとめました。

 

出発前の説明。今回は貝地公民館(集会所)での開催となりました。同公民館に掲げられている茨城廃寺の復元想像図でなどでも、イメージを膨らませました。、

  

最初に訪れたのが同公民館近くの愛宕神社。茨城廃寺五重塔の露盤(塔の柱の最上部に乗せた)を復元したとみられる展示も。

  

健児(こんでい)坂の地名の残る現地への古道と現場。

 

茨城廃寺跡の現場です。左側は五重塔跡、右側は講堂跡とみられます。

 

茨城廃寺の礎石です。礎石の上に立つのが長谷川さん。礎石は廃寺の後、ここに移されたとみられます。

 

さて、いよいよ石岡城(外城)跡です。往時をしのばせる堀跡にも足を運びました。

 

万福寺近くにのこる「巾着(きんちゃく)石」。茨城童子の伝説が残ります。この後、同寺境内、墓域に残る五輪塔を見学。茨城古墳にも行きました。

今回の締めくくりは、このご案内。やまうちストアの正面にあります。

  

最後は親鸞聖人ゆかりの経塚跡の碑。震災の傷跡もまだまだ残ります。白井育夫理事長による感謝のごあいさつで無事、解散。ご苦労様でした。

 
前回(11月13日)の模様です

第10回 ルネッ散歩

2011年11月13日(日)/東大橋地区を散策

境内の真ん中に巨木。拝殿の向きとの違和感には歴史的事情が…。好奇心を満たす、素敵な旅になりました。(香取神社境内で)

素晴らしい御神木です。

 スタート早々、香取(かんどり)神社の御神木に驚かされました。石岡地区では最も太い(周囲、約4b)杉の御神木です。でも、拝殿の真正面に相対するようにそびえ立つ御神木は違和感を感じさせます。

 昔は東側から西に向かい、御神木を拝む配置だったはずですが、その後、今日のように西側からの往来が主流となったため、事実上の参道が西側にでき、社殿の改築とともに建物の向きも180度、変わったようです。結果、境内の真ん中に残った御神木が拝殿に向き合ってそびえ立つ、今の配置に。御神木である以上、切ることもままならず、不思議な空間となって今に伝わっています。

 こんな興味深い発見に出会えるのも、このルネッ散歩ならではです。

 今回はこのほか、平安時代末期、台頭し始めた新興武士勢力の象徴として名高い、源(八幡太郎)義家が6万の軍勢とともに宿営したとされる「六万」の地名の残る場所や、「生板池」、園部川を渡るための橋を築いた「橋塚」など、義家の足跡も確かめました。

 さらに中世の常陸大掾氏ゆかりの東大橋要害、古墳として築かれた物見塚古墳が、常陸大掾氏の時代は物見台として活用されていた痕跡をはじめ、今は廃寺となり墓地だけの残る三井寺界隈。そこに私塾を開いた鈴木忠明(志筑藩郷目付)の後継、伊藤(鈴木)甲子太郎、鈴木三樹三郎 兄弟が、ほどなく石岡を離れ、激動の幕末、明治維新へと向かう当時もしのびました。

 約2時間の散策でしたが、今回はこれまでで再も多い、30人近くものご参加を得ることができました。今後の展開にも、大いに励みとなり、一層、楽しい、充実した内容を目指して頑張ろうとスタッフ一同、元気をいただくことができました。ありがとうございました。

 次回開催は来年1月29日(日曜)の予定です。貝地地区を散策する予定で、また新たな石岡の歴史発見に向けて、準備を進めます。

 興味や関心、要望などございましたら、
まちかど情報センター(電話0299・27・5171)

                まで、お寄せください。   ホームページはこちら

 

長谷川さんのガイドで東大橋要害の地を散策。常陸大掾氏の治世を感じ取りました。

 

生板池を眺めながら義家の時代をしのび(左)、古墳を物見台(監視台)として活用した常陸大掾氏当時にも思いを馳せました(右)。

 

まさに中世城郭の趣を残す濠跡や土塁。     三井寺(廃寺)界隈で参加者からの質問を受ける長谷川さん(中央)、右端は白井理事長


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